
ホルムズ海峡が使えなくなると、日本の暮らしはどう変わるのか。この記事では依存の構造、影響が伝わる経路、日本が持っている備えを整理する。そのうえで、2026年に実際に起きた通航制約を事例として見ていく。
数値には出典と基準日を付けた。情勢や価格は動くため、判断材料にする場合は必ず出典元で最新の値を確認してほしい。本記事の数値は2026年8月24日時点で確認したものである。
1. 「通航制約」と「封鎖」は違う
先に言葉を整理しておきたい。この違いを曖昧にすると、記事も読者も話が噛み合わなくなる。
| 状態 | 内容 |
|---|---|
| 通航見合わせ・通航制約 | 船会社が危険を避けて航行を控える、保険の条件が変わる、迂回する、通航量が落ちる。物理的・商業的に通りにくくなっている状態 |
| 全面的・法的な封鎖 | 海峡の通航が広範かつ継続的に遮断される状態。法的評価は個別の事情による |
この2つは同じではない。実務上の影響は通航制約の段階でも十分に大きいが、「封鎖された」と書くのは別の主張になる。
本記事では、公的資料が用いている「通航見合わせ」「通航制約」という表現に合わせる。全面的・法的な封鎖が成立したという断定はしない。
2. 日本はホルムズ海峡にどれだけ依存しているか
ここが議論の出発点になる。以下は経済産業省が財務省貿易統計をもとに示した2025年の実績である(同資料1ページ)。
| 項目 | 原油 | LNG |
|---|---|---|
| 輸入量(2025年) | 日量 約236万バレル | 約6,498万トン |
| 中東依存度 | 94.0% | 10.8% |
| ホルムズ依存度 | 93.0% | 6.3% |
| 主な輸入元 | UAE 43.3% / サウジアラビア 39.4% / クウェート 6.2% / カタール 4.2% / 米国 3.8% | オーストラリア 39.7% / マレーシア 14.8% / ロシア 8.9% / 米国 6.9% / インドネシア 6.0% |
原油とLNGで依存構造がまったく違う。原油は輸入の93.0%がホルムズ海峡を通るのに対し、LNGは調達先の多角化が進んでおり6.3%にとどまる。
つまりガソリンと電気代が、同じ経路・同じ強さで影響を受けるとは限らない。ガソリン・軽油・灯油といった石油製品は原油価格の影響を直接受けるが、LNG火力の燃料調達は原油ほど中東に依存していない。
なお、この記事の旧版では「日本の原油の約80%は中東から」と書いていた。これは過小で、正しくは94.0%である。訂正する。
海峡を通る量と幅
経済産業省は「世界の石油輸出の約3割(日量約2,000万バレル)がホルムズ海峡を通過している」としている(同資料5ページ)。米国エネルギー情報局(EIA)は2025年上半期の通航量を日量約2,090万バレルと算出しており、これは同期間の世界の石油液体供給量に対して約2割にあたる。
「約2割」と「約3割」は矛盾していない。分母が違う。世界の供給量全体で見るか、海上輸出量で見るかで割合が変わる。数字を引用するときは、どちらの分母かを確認したほうがいい。
海峡の幅は最も狭い部分で32〜33km。経済産業省の資料の地図にはこの2つの数値が併記されている(同資料5ページ)。
3. 通航制約が起きると、何がどう動くか
ここは個別の情勢に関わらず成り立つ経路である。仕組みとして押さえておくと、次に何が起きても読み解ける。
- 供給の物理的な制約。産油国から日本まで運ぶ経路が細る。日本の原油は93.0%がホルムズ海峡経由なので、迂回の余地が小さい。
- 価格への波及。供給不安が原油価格に乗る。世界の石油在庫が減る局面では上昇圧力が強まる。
- 国内の石油製品価格。ガソリン・軽油・灯油・重油・航空燃料に及ぶ。
- 物流と製造の費用。燃料費と、ナフサを起点とする化学製品の両方から入ってくる。ナフサの調達先は中東4割・国産4割・その他2割である(同資料10ページ)。
- 家計。給油、暖房、輸送費を含む物価として現れる。
- 財政。価格抑制策をとれば店頭価格は抑えられるが、そのぶんは公費で負担される。
為替と株式市場については、方向を書かない。リスク回避の円買いと、輸入コスト増による貿易赤字拡大の円売りが同時に働くため、どちらに振れるかを事前に決められない。個別銘柄の値動きも同様である。
4. ケーススタディ:2026年の通航制約
ここまでの経路が、実際にどう現れたか。2026年の事例で確認する。
何が起きたか
2026年2月28日、イスラエルおよび米国がイランに対する攻撃を行った。同日、首相官邸で会見が開かれ、情報連絡室の設置と国家安全保障会議の開催が発表されている。日本貿易振興機構(ジェトロ)も「イスラエルおよび米国は2月28日、イランに対する攻撃を開始し、これに対しイランは中東諸国への反撃を行い、中東情勢が悪化している」と記録している。
その後の経過のなかで、ホルムズ海峡の通航に制約が生じた。経済産業省が2026年3月24日に公表した資料には「中東情勢の悪化によるホルムズ海峡における通航見合わせの発生以降」という記述がある(同資料5ページ)。日本政府がこれを現実の供給問題として扱っていたことが分かる。
通航量がどこまで落ちたかは、数字で確認できる。ジェトロがIMFの「PortWatch」を引用した集計によれば、2026年3月9日から15日までの1週間のホルムズ海峡の通航隻数は1日当たり平均5.9隻。2025年の1日平均93.7隻、前年同期の95.3隻から大きく減った。
この数字は、状況を理解するうえで重要である。通航がゼロになったわけではない。しかし平常時の1割に満たない水準まで落ちた。ジェトロはこれを「通航が停止状態」と表現しており、公的な資料のなかでも表現には幅がある。
背景として、保険の条件も変わった。ロンドン国際保険引受協会(IUA)は2026年3月3日に危険地域リストを更新し、ペルシャ湾などを危険地域に指定している。船が通れるかどうかは、軍事情勢だけでなく保険が付くかどうかでも決まる。
軍事・政治面の経過は本記事では扱わない。ここではエネルギー供給と日本の生活・経済への影響に限る。
政府がとった対応
経済産業省の資料によれば、備蓄放出の内容は次のとおりである(同資料2ページ)。
- 3月16日から15日分の民間備蓄の活用を開始。
- 1か月分の国家備蓄原油を放出。
- 産油国共同備蓄原油も放出。
- G7エネルギー大臣会合やIEA事務局長との協議を通じ、IEA史上最大規模となる合計4億バレル超の協調放出を実現。
資源エネルギー庁の統計では、放出は2026年3月26日以降に反映されている。
あわせて、ホルムズ海峡を経由しない調達が拡大した。サウジアラビアの紅海側ヤンブー港、UAEのフジャイラ港からの積み出しなどである(同資料5ページ)。ただし紅海ルートには商船への攻撃という別のリスクがある。代替ルートは「安全な迂回路」ではない。
価格はどう動いたか
レギュラーガソリンの全国平均価格の推移である。
- 2026年3月16日:190.8円/L(前週比 +29.0円)
- 3月19日から、小売価格を全国平均で1リットル170円程度に抑制する補助を開始。軽油・重油・灯油はガソリンと同額、航空機燃料はガソリンの4割を補助(同資料2・7ページ)。
- 2026年8月17日:169.8円/L(補助がなければ187.1円)
旧版では「ガソリン価格が200円を超える恐れがある」と書いていた。実際には190.8円まで上がり、補助によって170円前後に抑えられた。予測ではなく実測値に置き換える。
なお、2025年12月31日にガソリン税の暫定税率が廃止されている。現在の店頭価格は、暫定税率廃止と補助の両方が効いた結果である。
備蓄はどこまで動いたか
| 区分 | 2026年1月末 | 2026年8月18日時点 |
|---|---|---|
| 国家備蓄 | 146日分 | 103日分 |
| 民間備蓄 | 96日分 | 98日分 |
| 産油国共同備蓄 | 6日分 | 4日分 |
| 合計 | 248日分 | 205日分 |
8月18日時点の数値は、資源エネルギー庁が公表している「石油備蓄の状況(推計値の速報)」による。速報は備蓄法ベースの実績推計値で、確報とは一定の差異が生じるとされている。このPDFは日次で更新されるため、最新の数値は出典元で確認してほしい。
合計は248日分から205日分へ、43日分減っている。内訳を見ると、国家備蓄の日数は1月末から43日分低下した。民間備蓄と産油国共同備蓄は、それぞれ+2日分、−2日分でほぼ横ばいである。
ここで注意したい点がある。備蓄日数の低下量は、放出した原油の量そのものではない。備蓄日数は保有量を国内の石油消費量で割って算出するため、消費量が変われば日数も変わる。「43日分減った=43日分を放出した」とは読めない。
加えて、民間の備蓄義務量が70日分から55日分へ引き下げられている(資源エネルギー庁「石油備蓄の現況」令和8年8月)。放出しやすくするための措置だが、平常時に戻すには積み増しが必要になる。備蓄は使えば減るという当たり前の事実が、この半年で数字に出た。
2026年8月時点の見通し
米国エネルギー情報局(EIA)は2026年8月11日、短期エネルギー見通し(STEO)の8月版を公表した。
- ホルムズ海峡の通航制約は、少なくとも8月中は継続すると想定している。
- 中東地域で停止している原油生産量の見積もりを、7月時点の予測より引き上げた。
- ブレント原油価格は2026年第3四半期の平均を1バレル85ドルと予測(前月時点の予測から3ドル引き上げ)。2026年通年は87ドル、生産が回復する2027年は69ドルへ下がると見込む(2025年の実績は69ドル)。
ジェトロは2026年8月12日、このEIA予測とあわせて次の点を伝えている。
- 中東地域の原油生産の大部分は2027年初頭までに紛争開始前の水準近くまで回復すると見込まれる一方、日量約60万バレルの供給障害は2027年末まで続くとEIAは予測している。
- ホルムズ海峡については、イランとオマーンの間で新たな航路運用をめぐる交渉の妥結が近いと報じられているが、合意が成立してもただちに全面的な通航再開には至らないという(2026年8月8日付ロイター通信)。
- サウジアラビア産原油の代替ルートである紅海の情勢も不安定で、2026年7月以降に商船への攻撃が再発。英国海事機関(UKMTO)は8月に紅海・アデン湾で2件の船舶攻撃を報告している。
5. 生活への影響をどう見るか
経路ごとに、確認できることと確認できないことを分けておく。
| 経路 | 2026年8月24日時点で確認できること |
|---|---|
| ガソリン・軽油・灯油 | 3月に190.8円まで上昇し、補助で8月17日時点169.8円。補助がなければ187.1円。価格抑制が政策に依存している状態 |
| 電気・ガス | LNGのホルムズ依存度は6.3%で、直接の調達依存は原油より低い。ただし各社の料金改定の実際の幅は本記事では確認していない |
| 物流コスト | 軽油・重油も補助対象。海運面では危険地域指定に伴う保険条件の変更や、紅海の商船攻撃が要因になる |
| プラスチック・化学製品 | ナフサの調達先は中東4割・国産4割・その他2割。ポリエチレン等の川下在庫が国内需要の約2か月分あり、中東以外からの代替調達が進められている |
| 為替 | 方向を書かない。反対に働く2つの力があり、現在の為替水準も本記事では確認していない |
| 株式市場 | 個別銘柄・指数の予測は書かない。旧版には具体的な銘柄名と値動きの予想があったが、根拠を示せないため削除した |
6. 想定を3つに分けて
ここは筆者の見方であり、事実ではない。そのつもりで読んでほしい。
| 想定 | 内容 | 根拠の強さ |
|---|---|---|
| 回復が進む | 航路運用の合意により通航が段階的に戻り、EIAが見込むように2027年初頭までに中東の生産が紛争前水準近くへ回復する | EIAの予測とロイター報道という根拠がある。ただし合意しても即時の全面再開ではないとされている |
| 低い水準で長引く | 日量約60万バレル規模の供給障害が2027年末まで残り、価格は平常時より高い水準で推移する | これもEIAの予測に含まれている |
| 再び悪化する | 紅海の攻撃再発のように、いったん落ち着いた経路が再び使えなくなる | 2026年7月以降に実際に起きている。ただし今後の頻度・規模は予測できない |
いずれの想定でも書けないことがある。いつ、どの程度という時間軸である。EIAの予測も月ごとに改定されている(8月版はブレント予測を3ドル引き上げた)。ここを断定する記事は、根拠が薄いと思ったほうがいい。自分の記事も含めて。
7. この記事で確認できなかったこと
- 本記事執筆時点の通航状況。確認できたのはEIAの8月11日時点の想定までである。イラン・オマーン間交渉の妥結の有無も確認していない。
- 3月中旬以降の通航隻数の推移。確認できたのは2026年3月9日〜15日の週の数値までである。
- 電気・ガス料金の実際の改定幅。仕組みの説明にとどめた。
- 為替と株式市場の水準。確認していないため、数値も方向も書いていない。
- 紛争の軍事・政治面の詳細。本記事の範囲外とした。
8. まとめ
日本は原油の93.0%をホルムズ海峡経由で輸入している。この一点が、中東の情勢が日本の家計に届く理由である。迂回の余地が小さいという構造は、情勢が落ち着いても変わらない。
一方でLNGのホルムズ依存度は6.3%である。「中東」と一括りにせず、原油と天然ガスを分けて見たほうが実態に近い。
2026年の事例が示したのは、備えが実際に機能し、同時に消耗するということだった。備蓄の合計は248日分から205日分へ減り、なかでも国家備蓄の日数は43日分低下した。民間の備蓄義務量は70日分から55日分へ引き下げられている。店頭のガソリン価格は補助によって170円前後に収まっているが、補助がなければ8月17日時点で187.1円だった。
価格抑制を続ける場合は、財政負担の問題にもなる。「価格が落ち着いている」ことと「問題が終わった」ことは、同じではない。
9. 参照した公的資料
- 首相官邸「イラン情勢についての会見」(令和8年2月28日): 会見全文
- 経済産業省「中東情勢を踏まえた燃料油・石油製品の安定供給確保」(2026年3月24日、内閣官房 中東情勢に関する会議 資料4): PDF
- 資源エネルギー庁「石油備蓄の状況(推計値の速報)」(日次更新): PDF
- 資源エネルギー庁「石油備蓄の現況」令和8年8月: PDF / 統計トップ
- 経済産業省 燃料油価格激変緩和対策「全国平均価格の推移」: PDF
- ジェトロ「ホルムズ海峡の通航隻数が激減、中東情勢悪化で保険に関する各種変更も」(2026年3月18日): ビジネス短信
- ジェトロ「米EIA、ホルムズ海峡制約で原油供給懸念長期化を予測、紅海情勢も悪化」(2026年8月12日): ビジネス短信
- 米国エネルギー情報局(EIA)Short-Term Energy Outlook 2026年8月版(2026年8月11日): プレスリリース
- 米国エネルギー情報局(EIA)World Oil Transit Chokepoints: 分析ページ
カテゴリー:経済