日々思うこと

呼び方が変わると市場の見え方も変わる|「仮想通貨」から「暗号資産」で考えたこと

2018年に「クリプトカレンシー」という短い記事を書きました。日本では「仮想通貨」と呼ばれているけれど、英語圏では「クリプトカレンシー」だ、という話です。その後、日本の法令上の呼び方は「暗号資産」に変わりました。

この記事は、その2018年の記事を2026年8月に全面的に書き直したものです。当時書いた内容には、根拠を示せないまま断定していた部分がありました。そこは撤回して、公的資料で確認できることと、自分が考えていることを分けて書き直しています。

法令上の呼び方は、2020年5月1日に変わった

まず、事実として確認できることから。

金融庁は「暗号資産の利用者のみなさまへ」というページで、次のように書いています。

資金決済法の改正(令和2年5月1日施行)により、法令上、「仮想通貨」は「暗号資産」へ呼称変更されました。

根拠になった法律は「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」です。2019年5月31日に成立し、同年6月7日に令和元年法律第28号として公布されました。関係する政令は2020年3月31日に閣議決定・4月3日に公布され、施行日は2020年5月1日と定められています。

変更の理由について、金融庁が国会審議用に作成した法律案の概要には、こう書かれています。

国際的な動向等を踏まえ、法令上の「仮想通貨」の呼称を「暗号資産」に変更

改正法の条文を見ると、実際に行われたのは地味な作業です。資金決済法の目次と条文にある「仮想通貨」を「暗号資産」に、「仮想通貨交換業」を「暗号資産交換業」に、といった置き換えが延々と続きます。呼称変更と同時に、交換業者への広告・勧誘規制、利用者資産の管理方法、暗号資産を用いたデリバティブ取引の規制なども整備されました。

「法令上」と書いてあることの意味

金融庁の文章にも、法律案の概要にも、どちらにも「法令上」という限定が付いています。ここは読み飛ばさないほうがいいと思います。

変わったのは法令の用語です。日本語を話す人が日常でどう呼ぶか、報道がどの語を使うか、取引所やアプリの画面にどう表示されるか、市場で人が何と言うか。それらは法律が決めることではありません。実際、施行から数年たった今も「仮想通貨」という言い方は残っていますし、英語まじりに「クリプト」と言う人もいます。

法令用語が変わったことと、社会での呼ばれ方が変わることは、別々に進む話です。どちらかが自動的にもう一方を動かすわけではありません。

「資産」という言葉は、何も保証していない

ここは、はっきり書いておきたい点です。

「仮想」から「資産」に変わると、なんとなく格上げされたような印象を受けます。ですが、名前が変わったことで価値が保証されたわけでも、安全になったわけでもありません。

金融庁は、同じ「暗号資産の利用者のみなさまへ」のページで、利用者への注意として次の点を挙げています。

  • 暗号資産は「法定通貨」ではありません
  • 暗号資産は、価格が変動することがあります
  • 暗号資産交換業者は登録が必要です。利用する際は登録を受けた事業者か確認してください
  • 暗号資産の取引を行う場合は事業者から説明を受け、内容をよく理解してから行ってください
  • 暗号資産や詐欺的なコインに関する相談が増えています。詐欺や悪質商法に御注意ください

さらに、2020年5月に施行された改正法そのものが、暗号資産交換業者に対して広告で表示すべき事項を定めています。そのひとつが「暗号資産は本邦通貨又は外国通貨ではないこと」です。加えて、暗号資産の性質について利用者に誤認させるような表示は、禁止行為として明文で挙げられています。

つまり法律は、名称を「暗号資産」に変える一方で、暗号資産交換業者に「本邦通貨又は外国通貨ではないこと」を表示させる規定も設けています。少なくとも、名称変更だけを根拠に価値や安全性が格上げされたと受け取ることはできません。

2018年に自分が書いたことと、いま思うこと

ここからは、公的資料で確認できる話ではなく、自分の考えです。

撤回する部分

2018年の記事で、私は「本来はクリプトカレンシーが正しい呼び方」「日本以外はクリプトカレンシーと呼ばれている」と書きました。これは撤回します。

どの語が「本来」で「正しい」のかを決める権威が存在するわけではありませんし、日本以外の全域で特定の語が使われているという確認もしていませんでした。英語圏でも crypto、cryptocurrency、digital asset、virtual asset、token といった語が場面によって使い分けられています。それぞれ指す範囲も微妙に違います。語の間に序列や正統性があるかのように書いたのは、根拠のない断定でした。

「仮想通貨という呼び方が日本に浸透したのはマウントゴックス事件のせいだ」とも書いていました。これも撤回します。当時の私がそう感じた、というだけで、因果関係を示す材料は何も持っていませんでした。

残しておきたい部分

一方で、当時書いたことのうち、今でもそうだと思っている部分があります。

「皆がそう呼ぶから、私もそう呼ぶ」。当時の記事にはこの一行がありました。呼び方は誰かが決めて配るものではなく、周りが使っているから自分も使う、という積み重ねで固まっていきます。そして固まった呼び方は、こちらの見方のほうを静かに規定してきます。

「仮想通貨」と呼んでいると、通貨の一種で、実体がなくて、なんとなく怪しいもの、という枠で見てしまいます。「暗号資産」と呼ぶと、資産の一種で、保有して値上がりを待つもの、という枠に寄ります。「クリプト」と言うときは、もっと技術寄りの、業界の内側の話をしている気分になります。同じ対象を見ているのに、置いた言葉によって、頭の中で近くに並ぶものが変わる。

相場を見るときに、この癖はけっこう効いてきます。「これは通貨だ」と思っていれば決済手段としての普及を追いますし、「これは資産だ」と思っていれば価格を追います。どちらの枠で見るかで、目に入ってくる材料が変わってしまう。

自分がいまどの言葉を使っているか、そしてその言葉がどんな見方を連れてきているか。ときどき点検するようにしています。

一括りにされている中身は、8年でかなり変わった

もうひとつ、2018年と今とで大きく違うところがあります。

少なくとも当時の自分が見ていた範囲では、「仮想通貨」と言えばビットコインとその周辺のことでした。現在、暗号資産とその周辺領域として一括りに語られがちなものには、性質がまるで違うものが同居しています。

先に断っておきます。「暗号資産」「ステーブルコイン」「各種トークン」「オンチェーン金融」は、日常の会話や記事のなかでは一括りに扱われることがあります。ですが、法令上どう分類されるかは、それぞれの設計によって異なります。以下に挙げる例が、すべて資金決済法上の暗号資産に該当するという意味ではありません。

  • ビットコインのようなもの。発行の仕組みが決まっていて、価格は市場で決まる
  • ステーブルコイン。法定通貨などに価値を連動させることを狙って設計されたもの。何をどう裏づけにしているかは発行体によって違う
  • ユーティリティトークン。特定サービスの利用や機能へのアクセスに使われるよう設計されたもの
  • オンチェーン上の金融サービスや取引の仕組み。取引や貸借、デリバティブに相当する機能が、そのままチェーン上で動いているもの

これらはリスクの出方が違います。値動きの大きさも、誰が発行しているのかも、何かあったときに誰に問い合わせるのかも違う。それを「暗号資産」「クリプト」という一括りの言葉で受け取ると、全部同じ性質のものに見えてしまいます。

2018年の私が「仮想通貨」という一語で全部を語ろうとしていたのと、構造としては同じ間違いだと思っています。呼び方が一段丁寧になっただけで、中身を分けて見る手間が減るわけではありません。

呼び方が変わっても、確かめることは変わらない

法令上の呼称が「暗号資産」になって、規制の枠組みも整いました。それ自体は、8年前と比べれば大きな違いです。

ただ、名前が丁寧になったことと、個々のものが安全になったこととは関係がありません。金融庁が今も注意喚起を出し続けているとおりです。使う事業者が登録を受けているか、自分が持とうとしているものが先ほど挙げたどの性質に近いのか、値動き以外にどんなリスクがあるのか。確かめる中身は、呼び方が変わる前と後で変わっていません。

2018年の私は、呼び方の話を呼び方だけの話として書いて終わっていました。今なら、呼び方が変わったからこそ、その言葉が何を隠してしまうかのほうを見ておきたいと思います。

出典

本文中の法令・制度に関する記述は、上記の公的資料で確認したものです。本文で挙げた性質ごとの区分は説明のための整理であって、法令上の分類ではありません。それ以外の部分は私個人の考えであり、特定の暗号資産の取得や売買を勧めるものではありません。

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